(財)日本海事センター ,『内航船舶管理の効率化及び安全性の向上に関する調査研究報告書』,2010年3月
目 次
1. 背景…………………………………………………………….1
2. 本調査の概要 ………………………………………………….2
2.1 調査の目的……………………………………………………..2
2.2 調査の内容及び調査方法 ……………………………………..2
2.3 検討委員会の開催について……………………………………3
3. 内航海運に必要な管理項目と課題に関する調査 ……………5
3.1 目的……………………………………………………………..5
3.2 調査対象 ………………………………………………………..5
3.3 調査対象船舶 …………………………………………………..5
3.4 調査項目 ………………………………………………………..5
3.5 調査方法 …………………………………………………………6
3.6 調査期間 …………………………………………………………6
3.7 管理項目と課題の整理(調査結果) ………………………….6
4. 一杯船主における船舶管理と問題点の整理………………….15
4.1 目的……………………………………………………………..15
4.2 調査の実施要領…………………………………………………15
4.3 一杯船主における船舶管理上の課題のまとめ………………..15
5. 組織的な船舶管理のメリット ………………………………….20
5.1 外航海運における船舶管理業の実態把握と内航海運との比較……..20
5.2 内航海運事業者のグループ化による数値的メリットのシミュレーション……25
5.3 シミュレーション結果のまとめ ………………………………..87
5.4 シミュレーション結果の考察……………………………………88
6. 内航海運業者へのグループ化に関するアンケート調査……….89
6.1 目的……………………………………………………………….89
6.2 調査実施要領 …………………………………………………….89
6.3 アンケート回答会社の属性……………………………………….89
6.4 船員の確保に関して ………………………………………………92
6.5 船員の育成に関して ………………………………………………97
6.6 経営に関して ……………………………………………………..103
6.7 グループ化に関して ………………………………………………106
6.8 船舶管理会社に関して……………………………………………. 111
7. 調査結果のまとめ ………………………………………………… 115
7.1 内航海運に必要な管理項目と課題に関する調査結果…………… 115
7.2 一杯船主における船舶管理と問題点の整理 …………………….. 117
7.3 組織的な船舶管理のメリット……………………………………… 118
7.4 内航海運事業者へのグループ化に関するアンケート調査……….. 118
8. 内航海運における安全運航・効率化実現のための課題の整理……120
8.1 船舶安全管理に関する課題………………………………………….120
8.2 船主の船舶安全管理の課題を招く業界の問題……………………..121
8.3 内航海運業者の効率化に向けた問題 ……………………………….122
9. 内航海運における安全運航実現のための船舶管理のあり方について….124
9.1 内航海運における海事人材育成風土形成のための 5 つの提案 ………124
9.2 内航海運事業の効率化のための 5 つの提案 ………………………..128
10. おわりに………………………………………………………………133
「内航船舶管理の効率化及び安全性の向上に関する調査研究検討委員会委員名簿」
(平成 22 年 3 月現在)
(敬称略・順不同)
座長 竹内 健蔵 東京女子大学 教授
委員 影山 幹雄 日本内航海運組合総連合会 理事長
〃 小比加 恒久 全国海運組合連合会 会長(東都海運社長)
〃 佐藤 國臣 全日本内航船主海運組合 会長(佐藤國汽船社長)
〃 石澤 重男 全国内航タンカー海運組合環境・安全委員会 副委員長
(上野トランステック常務執行役員)
〃 秋山 謙治 内航大型船輸送海運組合 副会長(新和内航海運社長)
〃 三木 孝幸 全国内航輸送海運組合 会長(三洋海運社長)
〃 蔵本 由紀夫 特定非営利活動法人 日本船舶管理者協会 理事長(イコーズ会長)
〃 内藤 吉起 特定非営利活動法人 日本船舶管理者協会(デュカム社長)
〃 吉田 晶子 国土交通省 海事局 海事人材政策課長
〃 蝦名 邦晴 国土交通省 海事局 内航課長
〃 西村 典明 国土交通省 海事局 運航労務課長
<事務局>
財団法人 日本海事センター 常務理事 齋藤 芳夫
企画研究部長 大嶋 孝友
企画研究部特別研究員 野村 摂雄
特定非営利活動法人 日本船舶管理者協会 事務局担当理事 畑本 郁彦
事務局長 梶川 数一
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1. 背景
内航海運は、国内貨物輸送(トンキロ・ベース)の約 35%(平成 19 年度)、とりわけ我が国の経済・国民生活を支える産業基礎物資(鉄鋼、石油、セメント等)輸送の約 80%を担う基幹的な物流産業であり、内航海運事業者は、荷主に対して、安全かつ確実な海上輸送を提供する事業者でなければならない。
しかしながら、現在の内航海運業界においては、船員の 61%(平成 19 年度)を 45 歳以上が占める程の高齢化が進み、今後ベテラン船員が大量に定年退職していく一方で、新しい船員育成がほとんど行われておらず、内航海運業界への人材供給源となっていた漁船船員や外航海運船員も減少しているために、深刻な船員不足状態に陥ることが指摘されている。
また、各種機器類の高度化、材料費の高騰など、船舶保守にかかるコストの上昇や燃料価格の高騰といった状況で、コストを明確にしないまま、不透明な船舶管理を続けていては、運賃に対する荷主・オペレーターの理解を得られず、コストに見合う適正な収入を得られないこととなり、更なる経営悪化が進む可能性が存在する。
一方で、国際的な安全意識の高まりにより、ISM コードをはじめとした各種検査制度が導入され、それら安全基準に対応するため船舶管理に要する労働時間の割合が増加し、その専門家を必要とするなど、今後も安全管理に対する更なるコスト上昇が予想される。
つまり、今後の内航海運を展望すると、何らかの経営の見直しを行わない限り、その経営の継続が困難になることは明白である。
このため、国土交通省は、中小内航海運事業者が経営を継続していくために有効な手段の一つとして船舶管理会社を活用したグループ化を推奨している。これは、複数の事業者が集まり、業務提携・資本提携といった形で管理会社を設立し、共同で船舶管理を行うものである。
しかしながら、先の世界同時不況によって内航海運業界では運航隻数の減少、停船を余儀なくされたこともあり、積極的な代替建造や船舶管理会社を利用したグループ化の進展が見られないのが現状である。
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2. 本調査の概要
2.1 調査の目的
今後の内航海運における船舶管理の効率化及び安全の確保を促進するに当たって、現状における課題を把握・整理し、これらの課題克服のための検討を行った。
2.2 調査の内容及び調査方法
内航海運の安全・安定確保のための船舶管理の効率化並びに安全性の向上について、以下事項を調査・研究した。
2.2.1 内航海運に必要な管理項目と課題
現在の内航海運に必要な管理項目について系列荷主別(油送船、一般貨物船等の船種別)にアンケート及び聞き取り調査を行い、それぞれの課題について整理を行った。
2.2.2 一杯船主における船舶管理と問題点
現在の内航海運業界が求める安全管理を実行するに当たっての一杯船主(船舶一隻のみを所有し自社で管理する船主)の抱えている課題や技術継承に関する問題点についてアンケート又は聞き取り調査を行い、それぞれの課題について整理した。
2.2.3 組織的な船舶管理のメリット(具体的な数値、シミュレーションの実施も含む)
外航海運における船舶管理業の実態を把握するとともに、内航海運における船舶管理業との比較検討を行った。
また、一社で一隻の船舶を管理した場合と、複数の一杯船主が船舶を持ち寄って一社で管理した場合における管理費用の違いについて比較した。
2.2.4 内航海運事業者へのグループ化に関するアンケート調査の実施
内航海運事業者(登録事業者 2,449 社)に対する船舶の管理並びに今後の事業経営に関するアンケート調査を行い、内航海運事業者が抱えている課題を整理した。
2.2.5 内航海運における安全運航確保のための船舶管理のあり方について
各種調査結果を基に今後の内航海運における安全運航確保のための船舶管理のあり方についての方向性を取りまとめた。
*****2*****
2.3 検討委員会の開催について
本調査の実施に当たり、検討委員会を設置し、調査の進行方法並びに調査結果についての検討を行った。
2.3.1 第一回委員会
1) 開催日時
平成 21 年 10 月 2 日 13 時から 15 時
2) 場所
財団法人 日本海事センター 企画研究部会議室
3) 議題
① 「内航船舶管理の効率化及び安全性の向上に関する調査研究」の進め方
② 内航海運の現状
③ 講演「外航海運の船舶管理業の現状」
講師:株式会社 日本海洋科学 代表取締役 冨久尾 義孝 氏
④ 「内航船舶管理の効率化及び安全性の向上に関するアンケート調査」の内容
⑤ その他
2.3.2 第二回委員会
1) 開催日時
平成 21 年 12 月 7 日 15 時から 17 時
2) 場所
財団法人 日本海事センター 企画研究部会議室
3) 議題
① 「内航海運事業者向けアンケート調査の結果」について
② 「一杯船主における船舶管理と問題点」について
③ 「内航海運に必要な管理項目と課題」について
④ 「内航海運グループ化に関するシミュレーション」について
⑤ その他
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2.3.3 第三回委員会
1) 開催日時
平成 22 年 3 月 5 日 13 時から 15 時
2) 場所
財団法人 日本海事センター 企画研究部会議室
3) 議題
① 「内航海運事業者向けアンケート調査の結果」について
② 「内航海運グループ化に関するシミュレーション」の結果について
③ 「内航海運における安全運航・効率化実現のための課題」について
④ 「今後の内航海運における安全運航実現のための船舶管理のあり方」について
⑤ その他
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3. 内航海運に必要な管理項目と課題に関する調査
3.1 目的
現在の内航海運において、組織的又は複数隻の船舶管理を実施する際における課題を調査する目的で、系列荷主別(油送船、一般貨物船等の船種別)の事業者に対する聴き取り調査等を行い、課題について整理した。
3.2 調査対象
1) 複数隻船舶を所有する船主または船舶管理を組織的に行う事業者
2) 対象船舶の運航実施管理を行っていること
3.3 調査対象船舶
1) 総トン数 199 トンクラスの貨物船(2 社に対して調査実施)
2) 総トン数 499 トンクラスの貨物船(2 社に対して調査実施)
3) 総トン数 199 トンクラスのオイルタンカー(2 社に対して調査実施)
4) 総トン数 499 トンクラスのオイルタンカー(2 社に対して調査実施)
5) 総トン数 499 トンクラスのケミカルタンカー
6) 総トン数 1,000 トン以上のオイルタンカー
3.4 調査項目
以下の項目に従ってヒアリング調査を実施した。
1) 航海当直保持
① 航海当直体制(甲板部、機関部)
② 航海当直基準(甲板部、機関部)
③ 航海当直に関する安全・教育(甲板部、機関部)
2) 荷役関係
① 荷役方法
② 荷役資材
③ 荷役に必要な装置と保守
④ 荷役に必要な知識・教育
3) 上記以外の運航実施管理関係
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4) 配乗管理
5) 保守管理
6) 各種安全規制関係
3.5 調査方法
記述式の質問書の送付、電話聴取、インタビューの何れか又は併用。
3.6 調査期間
平成 21 年 11 月 16 日から平成 21 年 11 月 30 日
3.7 管理項目と課題の整理(調査結果)
3.7.1 航海当直保持
1) 航海当直体制(甲板部、機関部)
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8. 内航海運における安全運航・効率化実現のための課題の整理
前項に示した通り、今回の各種調査の結果、内航海運業者から船舶の管理上の問題、経営上の問題として多くの意見等が挙げられている。
当該内容を整理し、安全運航に関して整理すると、以下の通りとなる。
8.1 船舶安全管理に関する課題
船舶の安全管理においては、船員管理、船舶保守管理、運航実施管理の項目が挙げられるため、これらの項目別に課題を整理する。
8.1.1 船員管理上の課題
1) 船員の労務負担が大きい
① 予備員が十分に確保されておらず、十分な休暇が与えられていない。
② 出入港の多さ、狭水道の多さ、荷役時間等によって、船長の労務負担が大きい。
③ 荷役上の問題から一等航海士の労務負担が大きい。
2) 船員の高齢化
① 船員の高齢化は、確実に進行しているようであり、危機感を感じている事業者が
多い。
② 新規採用があまり行われていない。
3) 船員のレベル低下
① どちらかと言えば船員のレベルが低いと考えている事業者の方が多い。
② 新しい機器類に対する使用方法等の理解が低い。
③ 航海士が適切にレーダーを使用できない。
4) 船員の育成上の問題
① 小型船においては、予備船員のための部屋が無く、新人の育成が行えない。
② 船員を育成する期間の費用が負担出来ない。
③ 新人船員を育てる能力が不足している。
8.1.2 船舶保守管理上の課題
1) 保守費用の上昇
① 検査費用の上昇。
② ドック費用の上昇。
③ 部品等の料金の上昇。
2) オンボードメンテナンスの問題
① 実施する時間が無い。
② 機関士レベルの低下のため、出来ない。
③ 船主が管理会社に全面的に保守を任せない。
8.1.3 運航実施管理上の課題
各種インスペクションによる労務負担増
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8.2 船主の船舶安全管理の課題を招く業界の問題
前項に示した課題の要因として以下のような業界の問題が存在するものと考えられる。
8.2.1 市場の二分化による船主経済の制限
1) 運賃市場と傭船市場が存在し、傭船市場が運賃市場により決定される傾向にあり、
傭船市場にいる船主経済は、経費を制限される。
【図2 多重構造概念図】
『内航海運市場の実態調査報告書』(財団法人 日本海運振興会)平成 18 年 3 月より
2) このため、船主は最も大きなコストである船員費を削る傾向にあり、法定最低定員で運航し、新たな船員の育成も行わない事業者が多い。
8.2.2 他業界からの船員流入による船員育成の長期欠落
1) 長年の間、内航海運においては、新規の船員育成を行ってこなかったが、外航海運や漁船からの転職船員により、船員不足が表面化しなかった。
2) しかしながら、平成 15 年には、他業界の船員の推移も横ばいになっており、船員不足が深刻化している。
*****121*****
【図3 我が国の船員数の推移『平成 21 年版 海事レポート』154 頁 図表Ⅱ-3-1 (国土交通省)より 】
8.3 内航海運業者の効率化に向けた問題
内航海運業者の効率化においては、組織的な船舶管理を行い、コストを下げることを考えなければならないが、その有効な手段とされている船舶管理事業者を活用してグループ化を行うには、以下の問題が存在する。
8.3.1 新たな取り組みのための資金の枯渇
1) 長期間に亘る傭船料の低迷とサブプライムローン以降の更なる傭船料の下落。
2) 一杯船主においては、借金の返済猶予をお願いするような状況になっている。
8.3.2 一杯船主における管理者としてのプライド
1) 一杯船主においては、自身が船舶管理の実務を行っていることから、船舶管理会社に任せようと思わない傾向にある。
2) 他人にグループ化等を奨められたとしても話を聞こうとしない。
8.3.3 船舶管理事業者の位置付けの不透明さ
1) 内航海運業法において、船舶管理事業者の位置付けが明確でない。
2) 船舶管理契約書は、民民の契約書であるが、船舶の管理の質や責任の所在についても不透明である。
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8.3.4 グループ化に対する認知度の低さ
1) 小型一杯船主においては、ほとんどグループ化を検討したことが無い。
2) 小型一杯船主においては、ほとんどグループ化の意思が無い。
従って、上記の問題を解決するための策を講じる必要がある。
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9. 内航海運における安全運航確保のための船舶管理のあり方について
今回の調査結果において、船員の雇用・養成に関する船員管理を中心に多くの課題が内航海運業者から挙げられたが、船員育成等は、事業者自身で行って行かなければならないことであり、その課題解決のために行動しない事業者、それを効果的に援助出来ない業界全体の問題が考えられた。
特に安全運航確保のための船舶管理においては、安全運航を実現出来る能力を有する船員は欠くことが出来ないものであり、そのための人材育成並びに安全教育は不可欠である。今後、人材育成並びに安全教育の出来ない事業者は、安全運航の継続が困難になることは言うまでもないが、現在の内航海運においては、船員の新規採用や船員育成を行っていない事業者がほとんどである。
これら船員育成等については、船内での海技の伝授や陸上の安全責任者による安全教育を行うなどの教育を組織的且つ継続的に実行していく必要があり、小規模の事業者において単独での実行が困難であることを考慮すれば、他の事業者との協力体制の確保又は業務提携(グループ化)や、船員再教育機関の利用又はオペレーターの指導等に頼らざるを得ないものと判断される。
しかしながら、今回の調査結果においては、グループ化や組織的な船舶管理について消極的な意見が多く、更にはグループ化に関する否定的な意見が多く聞かれるなど、多少の資金援助等を行ったところでグループ化が進むとは考えられなかった。
よって、今後の安全運航実現のための船舶管理のあり方としては、業界全体で船員育成や安全管理を実行する船舶管理者育成に努める風土形成を行っていく必要があり、その環境整備と支援について検討していく必要があるものと考えられる。また、海事人材育成を実施していく過程において事業者が他者との協力体制が確保されれば、グループ化が自然に進んでいくものと思量される。
そこで、以下の方策について提案する。
9.1 内航海運における海事人材育成風土形成のための 5 つの提案
① 船員教育の促進のための船員評価に関するガイドライン作り ② 効果的且つ体系的な船員教育の促進 ③ 組織的管理における SI 育成のためのガイドラインの作成 ④ 事業者単独の船員育成を支援するための教材の提供 ⑤ 船員育成に関する事業者の経済的な支援 |
以下では、各取組みについて具体的に解説する。
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9.1.1 船員教育の促進のための船員評価に関するガイドライン作り
一杯船主においては、船員が家族や親族に限られることが多く、船員の入れ替わりがあまりないため、他社の船員のレベルを把握出来る環境にない。また、一杯船主以外の内航海運業者においても、小規模の事業者が多く存在するために、自社の船員のレベルしか把握できておらず、その客観的な判断も出来ないものと思量される。
このようなことから、アンケート結果に見られるように多くの事業者が継続的な船員教育の必要性について必要だと感じているものの、実際に教育を行っている事業者が少なかったと考えられる。
一方、グループ化に関する課題においても、他の事業者と雇用条件が異なるためグループ化することが出来ないといった課題が挙げられていた。組織的な船舶管理を実行するに当たっては、船員管理上の船員評価システムは不可欠であり、グループ化を行う際においても船員のレベルを知ることによって、給与面や待遇についての事業者間での調整が円滑に進むものと考えられる。
従って、組織的な管理を行うに当たっての船員評価のガイドラインを作成し、適正な雇用条件の決定と継続的な船員教育の普及を促進し、内航船員の安全レベルの向上を図ることが内航海運の安全の向上並びにグループ化の促進に有効であるものと思量される。なお、海技士免許の更新講習において必要な能力を有しているか否かの評価(シミュレーター等を利用)を行うことも安全性の向上に有効と考えられる。
9.1.2 効果的且つ体系的な船員教育の促進
内航海運業者の多くが、船員を育てられない環境にあることから、効率よく且つ効果的に船員の熟練度を向上させるためには以下のような方法によって、事業者間の協力又は業界内での船員育成の促進がなされるものと考えられる。
1) 航海士の育成の促進
内航海運の航海士に関しては、船舶が輻輳し、潮流が強く狭い海域を多く航行する船舶に乗り組む船員が多いことから、高度な技術を要求されており、実務を行う前に熟練度を増すことが内航海運業者の負担を軽減するものと考えられる。特に狭い海域を航行する船舶において 1 人で航海当直を行う場合には、見張りと船位確認等を 1 人で行う必要があり、ある程度海図を見ずに当直を行えるだけの熟練度が必要とされている。
しかしながら、小型船においては、育成のための予備船員室の確保が出来ないことから、予備船員室の確保できる船舶を実習船として使用できるようガイドラインを作成し(ルール作り)、民間船舶の実習船としての利用促進のための環境を整えることが有効であると考えられる。このことにより、新卒者等の経験の浅い航海士の熟練までに必要な 2 年間(アンケート結果による)の実習を可能に出来るものと考えられる。また、その効果検証のためには、操船シミュレーターの活用
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も効果的であるものと思量される。なお、この事業等に関しては、船員を育てる現場の船員の再教育という面も含んでおり、費用についての何等かの助成制度があれば、事業者の費用負担も減少し、新人船員育成が促進されるものと考えられる。
2) 機関士の育成の促進
特に機関士の育成に関しては、法定機関部職員の定員が 1 名(小型船の場合)に対して 1 名の新人を付けて教育することは、事業者にとっても指導を行う機関士にとっても大きな負担となり、高齢船員の退職により船員不足が加速すれば、更なる機関士レベルの低下は免れず、故障・事故の増大によって、船舶の保守費用の増大、安全の低下が起こってくることが予想されることから、船舶の保守管理においては機関士の育成が最重要課題となっている。
機関士においても予備船員室等の問題から、船内で育成が困難と考えられるが、各種機械の操作、メンテナンス方法、緊急対応等の習得に関しては、陸上での船内機器の再現やシミュレーター利用、メーカー・造船所等での実習によっても同様の効果が得られると考えられることから、海技士(機関)免許制度における乗船履歴をこれらに代える等の改革(乗船履歴を工場実習に置き換える等)の検討も内航機関士養成の方法に有効であると考えられる。
なお、この事業についても、何らかの助成制度があれば、機関部職員の養成が促進されるものと考えられる。
9.1.3 組織的管理における SI 育成のためのガイドラインの作成
船舶管理事業者の管理費用は、傭船料に比べて極端に少なく、独立した外航船舶管理事業者の場合には、50 隻以上といった規模の船舶管理を行わなければなかなか厳しい面があるとのことである。
内航海運業者においても組織的な船舶管理を普及させるためには、複数隻を統括的に管理する船舶管理に精通した船舶管理者≪SI(Super Intendent)≫の存在が不可欠であり、その体系的養成が必要とされる。
しかしながら、船舶管理・監督者(SI)については、一般的には、船舶運航能力及びそれに裏打ちされた管理・監督能力を備えている者と認識されているものの、その能力を客観的に証明するような資格制度は存在しない。また、そもそも、船舶管理・監督者(SI)に要求される知識の範囲やレベル、あるいは職務の範囲について体系的・組織的な共通理解が十分ではない。
船舶管理・監督者(SI)の重要性に鑑みれば、これらの者の位置づけの明確化や効果的な育成のための基盤整備を図ることが必要であり、船舶管理・監督者(SI)に係る要件を示した育成のためのガイドラインを定めることが必要と考えられる。
この育成のためのガイドラインの普及後、SI にキャリアアップする船員が増えれば、
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組織的な管理の普及と船舶運航に係る安全確保、ひいては海運業の発展に資することが期待されるとともに、船舶運航能力の重要性が再認識されることにより、船員(海技者)の職業としてのブランドイメージの強化、船員のキャリアアップに関するインセンティブ向上にも寄与するものと期待される。
なお、将来的には、当該ガイドラインに基づく資格制度が創設され、関係者間によってその普及が図られることが望まれるが、安全管理実現のためには、安全を統括的に管理できる人材の確保は組織的船舶管理において欠くことのできないものとの考えから、国の行っている運輸安全マネジメント評価とリンクするよう、安全マネジメントを実現する際の要素として SI の存在を位置づけるような検討が行われることが有効と考えられる。
(参考:『海事分野における人材の確保・育成のための海事政策のあり方について』(答申)平成 19 年 12 月 交通政策審議会海事分科会 ヒューマンインフラ部会)
9.1.4 事業者単独の船員育成を支援するための教材の提供
今まで船員育成を行ってこなかった内航海運の船員にとって、現在の若者を船員として育てることは、大きな負担となることが容易に想像できる。
船舶管理の課題としても挙げられていたが、新人船員を育てるためのカリキュラムや教材の提供は、事業者の船員育成の意欲促進の上でも有効であり、効果的な船員育成を実現させるためにも効果的であると判断される。
また、これらの教材を利用すれば、指導を行う側の船員に対しての再教育にもなるものであり、現場での安全管理が促進されるものと思量される。
9.1.5 船員育成に関する事業者への経済的な支援
船員育成は本来、事業者の責任で行わなければならない。
しかし、船員は、日本にとって必要な人材であり、国内海上物流は、他の輸送モードに比較して環境にも優しい輸送モードである。
海洋立国であり、環境立国である日本としては、今後、この環境に優しい輸送モードを推進していくことは責務であり、その輸送モードを支える海事人材の育成にも行政として力を入れていかなければならない。
しかしながら、船員教育を行うに当たっては、船舶の設備(予備船員室)が必要であり、現在の船舶では、その設備が確保されていない船舶が多い。
そこで、船員育成に関する事業者の経済的な支援を行うために、環境に優しい船舶の建造を行い船員育成のための居住区確保を行った事業者に対して、建造時の税金の免除を行うなどの方法が有効と考えられる。
また、このような船舶建造を行うためには、ある程度の事業の規模が必要であり、資本も必要となり、グループ化された事業者又は事業者同士の共同出資によって当該船舶の建造を行う事業者に対して、更なる手厚い支援を行えば、グループ化の促進に繋がるものと
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考えられる。
9.2 内航海運事業の効率化のための 5 つの提案
内航海運の効率化の方法としては、事業者のグループ化を推進することが考えられるが、事業者にその意識が薄い現状ではグループ化が進んでいくとは思えない。
そこで、内航海運業界全体に安全管理の風土を植え付け、徐々に組織的な管理へ移行せざるを得ないような環境を作ることが適切と考えられる。
また、グループ化を行い安全管理に努めようとする事業者に対しては、より自由度の高い船舶管理の方法を認める方向性が良いものと考えられる。
よって、安全管理の風土形成とグループ化に対する支援としては以下について検討する必要がある。
① 統一した安全管理基準の導入による船舶管理の容易化の推進 ② 内航海運における船舶管理業の位置付けの検討 ③ 組織的な船舶管理の普及と船舶管理の自由度の拡大 ④ グループ化促進のための在籍出向要件の緩和 ⑤ 船員養成促進のための在籍出向の容認 |
以下では、各取組みについて具体的に解説する。
9.2.1 統一した安全基準の導入による船舶管理の容易化内航海運において、安全に輸送することは当然のことであるが、現在の内航海運、特にタンカー業界においては、ISM コード、メジャーインスペクション、オペレーターによるインスペクション、更には TMSA(Tanker Management and Self Assessment)と様々な検査に対応しなければならず、その書類を作るために 1 名の従業員が必要になると言われている。このことは、事業者の費用負担を増やすだけでなく、船員の労務環境の悪化(労働時間の長期化)を招き、船舶の安全の低下を招く原因となるという本末転倒な結果となっている。
よって、国内の船舶管理において一つの共通した船舶管理基準を設け、荷主、オペレーターにおいても一つの安全管理基準に基づき安全管理を容易に行えるよう検討をすべきである。なお、その基準は、内航船舶の運航実態の実状にあったものでなければならず、当該管理基準の判定及び運用を公的機関が推奨することで、荷主やオペレーターに対しても定着を目指すべきと考えられる。
また、船舶管理を外部に委託する際の基本的なルール作りがなされておらず、このこと
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が船舶管理事業者普及への障害になっていることが考えられる。船舶管理事業者を利用したグループ化の促進に関しては、船舶管理契約書だけでなく更に細かいルール作りを行っていく必要性が存在する。
これらの実行に関しては、現在オペレーターに課せられている運輸安全マネジメントとの協調を図り、実質的な船舶管理(安全の要)を行う事業者に対する基本的な管理方法とその管理実行のために必要な専門家の位置付け(例えば、一定隻数の管理に対して船舶管理者を置く)を行えば、組織的な船舶管理の普及に有効であると考えられる。
9.2.2 内航海運における船舶管理業の位置付けの検討
現在、オペレーター、船主、船舶を所有しない貸渡し業者、船員派遣許可事業者、内航海運業者と様々な事業者が船舶の運航に関わってくることから、運輸安全マネジメントの面からみても、安全管理上の責任の所在と実務上の安全管理を行う場が離れていることからも、末端船員における迷いが生じることとなり、このことを含めて整理を行う必要があると考えられる。
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特に、船舶を所有しない貸渡し事業者は、実質的には船主から預かった船舶の管理を行っているのであり、船員派遣許可事業者においては、一部の船員管理を請け負っていると考えられることから、これらを含めた船舶管理の定義について整理する必要があると考えられる。
【表 80 内航海運業法の適用 】
外航海運においても、船主に最終的な責任が残るものであり、船主と船舶管理業を分ければ、組織的船舶管理の位置付けとその責任の所在が明確となるものと考えられる。
9.2.3 組織的な船舶管理の普及と船舶管理の自由度の拡大
内航海運業界においては、船舶管理契約は、船員管理、保守管理、運航実施管理の 3 つを同時に行うことにより、船員労務供給事業に当たらないとされている。
また、船員派遣事業においては、基本的に同一船舶、同一職種に対して 1 年間(最大で3 年間)とされている。
しかしながら、外国船籍に対する船員派遣契約においては、期間の制限もなく、1 船に対して船員だけの管理を一括して受けることもあり、外航海運(FOC 船)のいわゆるマンニング会社は、船員管理を専門とする管理会社である。つまり、船員管理のみを請け負う部分管理を行う管理会社であると言える。
したがって、外航海運(FOC 船)のように自由度を増すほど活発な船員育成活動及び船員市場を構築できるものと考えられるが、市場拡大のため船員の不利益にならないためにも最低限のルール作りは必要であり、責任の所在と船員の適正な管理に関する基準を定
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め、しっかりとした管理を行う船舶管理事業者には、部分管理を認めるといった基本的なルール作り(船員派遣事業の許可を受けた事業者に限定等)が必要と考えられ、今後の船員確保・育成を行う上でも、船員育成を行う事業者に対して船舶管理契約及び船員派遣契約の自由度を認めることを検討する必要がある。
9.2.4 グループ化促進のための在籍出向要件の緩和
現在、船員の在籍出向の条件は、以下のように非常に限られたものである。
1) 出向が基本的に緊密な資本関係がある等のグループ間の移動であること。
〔例〕
親子会社関係(株式の過半数取得)
同族会社関係(3 名以内の株主により、過半数の株式取得又は出資金)
会社の代表が同じ
会社の代表同士が親族関係
2) 出向の目的が以下のものであること。
船員を離職させることなく、関係会社において雇用機会を確保するため。
技術指導のため。
出向の対象となる船員の能力開発の一環として実施するため。
企業グループ内の人事交流の一環として実施するため。
このため、密接な資本関係が存在しないと、在籍出向は認められていない。
しかし、この在籍出向を条件付きで認めれば、グループ化が促進されるものと考えられる。
例えば、条件は、以下の通りとする。
① 違法な労務供給の抜け道とならないようにするため、出資した割合が 100%÷出資者÷2 以上の場合に限り認めることとする。
② オーナー間の在籍出向は認めない。
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【図5 グループ化された船舶管理事業者を利用した在籍出向】
9.2.5 船員養成促進のための在籍出向の容認
小型船においては、予備船員室を確保できず、見習い期間の船員を育てられない環境にあるが、船員教育を目的とした大型船等(予備船員室が確保される船舶)への在籍出向を認めれば、船員教育におけるグループ化が形成され、その後の経営に関するグループ化も促進されるものと考えられる。
例えば、条件は、以下の通りとする。
1) 在籍出向出来る船員は、5 年未満の海上経験(船員手帳にて確認)を持つ者又は、海技免状を所有しない者に限る。
2) 出向先は、船舶の運航を行う内航海運業者又は、一括した船舶管理を行っている船舶管理事業者の管理する船舶に限る。
3) 出向元は、出向する船員を常用雇用又はトライアル雇用していること。
【図6 船員教育を目的とした在籍出向】
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10. むすびに代えて
今回の調査研究結果により、改めて内航海運事業者の船員不足並びに経営状態の悪化が浮き彫りとなり、グループ化等によって事業の効率化を目指すよりも廃業を考える悲観的な事業者が多いという点が目立った。
グループ化に関しては、最初から受け入れておらず情報をシャットアウトしている可能性さえ疑われるようなアンケート結果となっており、そのような事業者については、多少のメリットがあったとしてもグループ化が促進されるものではないように考えられた。
しかしながら、今後、中小内航海運事業者の経営は益々悪化し、益々高いレベルの安全管理が求められている中で、事業の効率化は必要不可欠である。
そこで今回提案した内容は、事業者の効率化に向け事業者が懸念している船員不足(特に若手船員)について、船員の育成が行われるような風土形成を行うことによって、徐々に事業者同士の協力が深まっていくことを目的としており、人材育成を通じて自然にグループ化が進んでいくという流れが期待できるものである。このため、本報告書の検討結果として、船舶管理の要である船員教育及び船舶管理者育成のためのガイドライン作りといった海事人材育成に取り組み易い環境整備を行うことを提案した。
今回の我々の提案に対し、関係者が総意結集して検討が段階的に行われ、組織的な船舶管理文化の定着とグループ化の促進に向けた対策が講じられることを願う。
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