概要
全日本海員組合 国内局長 みおまさる 三尾 勝,「内航海運で働く船員の確保・育成」,『海と安全』,No.534,pp.45-47,2007.8.
はじめに
・・・ 海員組合に加入している内航海運に働く船員は船主団体である内航労務協会、一洋会、全内航、内航盟外、およびこれ以外の個別会社に所属しています。内航海運で働く組合員は現在約6,000人です。 国土交通省が実施してきた船員統計(平成17年10月)では、内航貨物船の船員数は 約22,000人と報告されていますので、時期の違いはありますが内航海運に働く船員のおおよそ3割弱の組織状況であるといえます。 最近、内航船員不足問題がクローズアップされてきました。過去にも幾度か叫ばれてきましたが、今回は従来の状況とは異なっています。団塊の世代が実際に退職しはじめる時代になり、本格的に若年船員確保対策を打ち出さなければならなくなったからです。組織船員の実態を見ても平均年齢 は内航2団体で46.1歳、全内航で46.5歳です。海員組合に加入していないいわゆる未組織船員はもっと高齢化しています。内航海運の乗組み定員はぎりぎりの状態まで少数化していますので、若年船員を採用し育成していく余裕がないため、即戦力となる船員を求めてきました。しかし、従来のように外航分野あるいは漁業分野から即戦力として船員を確保することはもう不可能になっています。船員の確保・育成に本腰で取り組まなければならない時期にきました。
なぜ進まない若年船員の確保・育成
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平成17年4月に内航海運業法の一部改正でいわゆるオペレーターとオーナーの事業区分も廃止されたのですが、現状は荷主が特定の元請オペレーターと運送契約を締結し、従来のように元請オペレーターの下で元請以外のオペレーターとオーナーが事業活動を行うという構造が依然として継続しています。 内航海運企業が健全に経営されていくには、端的にいえば適正な運賃と適正な用船料が確保されていることが必要です。しかし、業界の実情は海運企業の規模が小さく、 経営基盤の脆弱なオーナーが多いという状況にあって、荷主・オペレーター・オーナーという構造の中で事業が行われていますので、安い用船料でも仕事を取ることとなり、結果的に運賃、用船料の改善が適切に行われていないといわざるを得ません。 若年船員を確保することが内航海運の死活問題となっているのですから、業界上げて運賃・用船料改善に取り組んでもらいたいと考えます。
船員教育機関のあり方
国土交通省が平成19年3月にまとめた船員教育のあり方に関する検討会報告にもとづき、特に内航海運にかかわるところで、6級海技士(航海)資格を取得するための養成課程を創設しました。平成17年4月に 内航海運活性化3法の実施に伴い、航海当直をする者は6級海技士(航海)以上の資格を所有した者でなければならないことになり、特に小型船で資格所有者の確保が難しい状況を踏まえて取り入れられた制度です。 内航、特に小型船の実態からすれば、やむを得ない措置と考えざるを得ませんが、 従来、外航や漁船からの転職者すなわち即 戦力を求めてきたのは、小型船では1人当直が可能かどうかの判断があったわけですから、この養成課程の期間に安全に関する知識を習得し、実習でこれを身体で覚えこむことが必要です。特に安全に関する教育は徹底すべきです。 安全に関する気がかりとは裏腹に、この制度を活用して内航海運で働いてみようと海に目を向けてくれる若い人が多く出てこないかとの期待もあります。 報告では、内航用の小型練習船の導入が盛り込まれました。内航海運の主力船隊は700総トン未満の船舶であり、船員養成の実習効果を高めるには実際に航行している内航船に類似した船型の船舶で実習することが必要ということで、この趣旨は当然と考えます。 海員学校が独立行政法人海技教育機構(海上技術短期大学校および海上技術学 校)となりましたが、現在の一般就学状況を考えた場合には、教育機関も本科から専修科へシフトしていくことが必要と考えます。船という世界に就職した若者がより長く船員として働いていこうと考えるには、ある程度の人生経験が必要ではないか。そのためにも専修科に重点を置いた教育機関に移行していくべきです。
内航船員育成への取り組み
若年船員を採用して実船で育成するとした場合の問題があります。内航の8割を占めるといわれる500総トン未満の船舶の所有者はいわゆる一杯船主など企業規模の小さい船主です。現在の内航海運の船隊構成がこのままでいいのかどうかの問題はありますが、小型船において乗組員プラスアルファで若年船員を乗船させ育成するには船内設備、乗組み員数、労働時間などの問題があってきわめて困難です。しかし、いずれにしても船員を育てていかなければ次代につなげていけません。個別企業でできないことはオペレーターを中心にしたグループ、あるいは地域の事業者のグループ、業界団体が船員確保・育成訓練システムを確立していくべきだということを組合は以前から提言してきましたが、なかなかそのようなことにはなっていません。今般、国土交通省の交通政策審議会海事 分科会ヒューマンインフラ部会の議論でも グループ化を活用した船員の計画的募集・ 採用・育成の支援などが盛り込まれました。一企業を超えた大きな単位での取り組みが必要です。
安全確保と人材育成
船舶に限らず輸送機関の安全確保は最優先されなければなりません。陸・海・空のどの輸送機関を見ても、かつての運航要員からは少数化されていますが、それだけにどのようなモードの企業であっても安全に関する教育や研修には多くの時間と労力を費やしていると思われます。一度事故を起こせば、事故の大小にかかわらず世間一般に与える影響は大きく、社会的な批判はもとより企業そのものの存在を脅かす事態になりかねません。 船舶でいえば、安全の確保に関するノウハウは海技の重要な要件であり、かつ絶対に欠かせない要件であります。船員として乗船し早期に身につくこともありますが、事に当たって知識と経験に裏づけされた行動というものは伝承されていくものでもあります。先輩船員から若い船員に伝えられるさまざまな経験と技術は、陸上などで訓練を受けてきた知識を再確認し実行することでもあります。船舶の乗組み定員が少数化していればこそ、人材育成による海技ノウハウの伝承が安全の確保につながっているといえます。
まとめ
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国内物流の約4割を輸送する内航海運の船舶を運航する船員が決定的に不足する事態が目の前に迫っています。日本人船員が不足するなら外国人を使えという声が一部にありますが、これは内航海運を崩壊する道につながります。内航海運を産業として維持していくことは国民生活を守るためにも、日本沿岸海域の安全を守るためにも絶対に必要であり、そのためにも内航船員の継続的な確保・育成が必要なのです。国が本腰を入れて動き出すことになったゆえんでもあります。 最後に若い人たちを海、船に目を向けさせるためには、やはり職業としての魅力を飛躍的に向上させなければならないと考えます。賃金や休暇制度の充実はもちろん、海上労働の厳しさに見合う船員職業の魅力をあらゆる面から改善することが必要です。 そのためには内航海運業界が健全な経営をしていくことであり、船員の確保・育成 を継続的に行っていくためには、何よりも適正な運賃・用船料の確保が必要であることはいうまでもありません。業界を挙げた取組みを大いに期待したいと思います。