201302 内航海運における船員不足問題の内実と課題

内航海運における船員不足問題の内実と課題 (特集 内航海運の課題)
Facts and Issues concerning the Shortage of Sailors in Coastal Shipping
松尾 俊彦
運輸と経済 第73巻,第2号, 22-29, 2013-02
運輸調査局

はじめに

・・・また、内航船は2011年3月の東日本大震災後の救援活動においても、大きな働きをしたことは記憶に新しい。

このように平時においても、また災害時においても重要な働きをする内航船が、船舶の高齢化と船員の高齢化という二重の高齢化を抱え、一部では廃業という声さえ聴かれる状況となってきた。

・・・

そこで本稿では、この内航船員の不足問題に焦点を当て、その原因と範囲、そして対応策について検討したい。特に、小型船の問題に注目し、中小零細船主(以下、「オーナー」という)へのヒアリング内容も含めて、今後の対応策について私見を述べるものとする。

1.船員不足問題の経過と現状

(1)船員問題の流れ

1970年代のわが国は、高度成長期にあり、経済が大きく拡大した

(2)船員不足が顕在化しなかった背景

・・・一つは、1970年代に入り各国が200海里漁業専管水域を設定し始めたことから、わが国の遠洋漁業が縮小され、大量の漁船船員が職を失った。この漁業船員が、内航船員に転職したためである。二つ目は、1976年からわが国の外航海運では日本人部員の採用が中止され、これ以降外航部員を目指していた船員が内航に向かったためである。三つ目は、1985年のプラザ合意以降の円高に対応するため、外航海運が緊急雇用対策を実施し、外航船員が退職を余儀なくされた。この外航船員が、内航に再就職したためである。四つ目は、内航船員を引き抜くなど、内航内部で補充したためである。そして五つ目は、内航船員の定年を引き上げ対応したことによるものである。

【もう2つある。船舶の大型化、省人化】(管理人コメント)

以上のような環境の変化により、内航船員の求人倍率は比較的低い状態が続き、これまで船員不足は顕在化しなかったと言えよう(図2参照)。

図2 内航船員の有効求人倍率の推移

【2000年から2011年3月までの推移が掲載されている】

(3)今後の船員不足問題の深刻性とその範囲

「次世代内航ビジョン」が示された2002年当時、国際的には労働時間の短縮が求められてきた。そのため、2002年4月に官公労使による「内航船乗組み制度検討会」が設置され、2004年に船員法の一部が改正された。そこでは、内航船員の安全最小定員が示された(表1参照)。これが示される前は、199総トン型の内航船では2名の船員配乗でよかったが、船員法改正で4名(甲板部3名、機関部1名)に増員され、499総トン型では4名から5名(甲板部3名、機関部2名)に増員された。

表1 連続航海を行う場合の安全最少定員

8時間以下 8~16時間以下 16時間超
甲板部 機関部 甲板部 機関部 甲板部 機関部

200GT未満

1 1 2 1 3 1
2 3 4

200~700GT未満

2 2 2 2 3 2
4 4 5
700GT以上
2 2 4 2 6 2
4 6 8

出所:日本海運組合総連合会『内航船 本当に必要ですか』などを参考に筆者作成

さらに2006年に、航海当直に立つ船員については、少なくとも1名は6級以上の海技免状を取得していることが求められた。それ以前は、経験豊富な甲板長などが航海当直に立つことも許されていたが、これによって環境は大きく変化した。

この安全最少定員と海技免状取得の問題は、小型船の船員雇用に大きな制約を設けることになった。すなわち、700総トン未満の小型船の甲板部では最少定員が3名であることから、通常の3直体制では1名当直となる。その上、当直者の1名は海技免状取得者でなければならないため、小型船で新たに船員を雇う場合は、海技免状を持った即戦力の船員に限定されることになった。しかし、過去に中途採用した遠洋漁船や外航船においては、すでに日本人船員が少なく、また内航では50歳以上の船員が6割に近い状態にあり、内航船員を引き抜くことも難しい状態となった。このため、小型船の船員市場は狭きものとなり、従来とは異なった深刻さがそこにある。なお、船員派遣や船舶管理会社に管理を任せて船員対策を行う道が残っているが、オーナーは自己の資産である船舶を船員に委ねることから、海難を恐れ、優秀な自社船員へのこだわりが大きい。このため、外部の船員を雇わず、廃業もやむなしという意見が多く聞かれる。

一方、700総トン以上の大型船の場合は、甲板部の安全最小定員が6名となり、2人当直が可能となる。したがって、1名は職員で他の1名は部員でもよいため、その部員に乗船経験を積ませて職員へと育てることが可能となる。

このように考えれば、船員不足は内航海運全体の話ではなく、小型船を抱えるオーナー(生業的オーナー)の問題と限定してよかろう。しかし、この小型船、特に499総トン以下の内航船が約8割を占めていることから、その船員不足問題は内航海運全体に影響を与えることとなる(図3参照)。

図3 船型(GT)別の隻数割合

2.船員教育機関の現状

(1)船員の供給力

表2内航海運への就職者の内容(2009年度卒業者対象)

内航海運への就職者数 機関別 内訳 定員 定員に対する割合
509人 船員教育
機関
4人(0.8%) 商船系大学(2校) 160人 2.5%
46人(9.0%) 商船系高専(5校) 200人 23.0%
21人(4.1%) 海技大学校 3級 30人 70.0%
39人(7.7%) 新6級 40人 97.5%
147人(28.9%) 海上技術短期大学校(3校) 240人 61.3%
78人(15.3%) 海上技術学校(4校) 140人 55.7%

船員教育

機関以外

174人

(34.2%)

8人(1.6%) 東海大学(1校) 20人 40.0%
9人(1.8%) 水産大学校(1校)専攻科 50人 18.0%
44人(8.6%) 水産高校 本科 1,264人 11.9%
106人(20.8%) 専攻科
7人(1.4%) その他(新6級)
(2)就職先の問題

3.船員不足問題への対応

船員不足への対応策としては、①新たな供給源を創出する、②グループ化や船舶管理会社から船員を配乗させる、③外国人を採用し配乗させる、④安全最少定員を少なくできるような近代化船を開発する、⑤船舶の大型化によって小型船を減船させる、などが考えられる。

ここでは、紙幅の関係で①②③について検討する。

(1)新たな供給源について

・・・したがって、大型船では水産高校の新卒者も戦力となり得るが、やはり海技免状取得者の制約がある小型船に乗り込むことは難しく、航海当直部員資格の改正も、小型船の船員不足への対応になっていない。

(2)グループ化による船員養成と船員供給

・・・

しかし、新卒者の育成に関して1社で対応できないとすれば、廃業するか他の組織に船員の育成を頼るしかない。したがって、経営を継続する場合は、グループ化や船舶管理会社の利用を検討せざるをえない。自社船員へのこだわりは理解できるが、複数のオーナーによる協業的なグループ化に向かえば、その船員を準自社船員として雇用できるのではないかと期待できる。また、船舶管理会社が質のよい船員を育成・供給できれば、オーナーへの理解も進むものと思われる。

(3)外航人船員の受け入れ

・・・わが国における外国人労働者の受け入れについては、出入国管理及び難民認定法における在留資格で制限されており、就労を行ってよいとする資格に「船員」は含まれていない。ただし、技能実習生という形であれば、就労は許されるため、外国人の導入も不可能ではない。しかし、その前に労働として扱わない「研修」が1年間必要で、その後、技能実習生となっても2年間しか就労はできない。上述した

・・・

おわりに

以上のように内航船における船員不足問題は、小型船を抱えるオーナーに限った問題と言ってよかろう。これを解決するには、オーナー同士が協業の形でグループ化をはかり、船員の育成と補充を継続することが一番効果的と考えられる。これまでは積極的でなかったオーナーも、船員不足が現実味を帯びてくれば、自ずと呼びかけが行われグループ化に応ずると期待したい。すべての管理を船舶管理会社に任せるには、船舶管理会社の船員の質が高いことをオーナーに理解してもらう必要があり、少し時間が求められる。

もう一つの大きな問題は、新卒者船員や若年船員の「定着」問題である。いくら就職が多くなり、船員不足が解消されようとも、すぐ離職してしまえば船員不足は解消されたことにならない。・・・小型船では、わずか5名程度の狭い社会で、陸上から離れた閉鎖的な社会でもある。ここで対人関係に支障が生じるようなことがあれば、直ちに離職という結果となろう。

・・・

もう一つの問題は「安全」の問題である。船員不足への対応を急ぐあまり、早急に海技免状を与えるような方向は、船員の技量向上に支障を来し、海難事故が増えることが心配される。何度も述べたように、オーナーは自らの資産である船を船員に委ねているため、技量の劣る船員は採用しない。したがって、海技免状取得者の技量は厳格に保証しなければならない。特に、船舶の輻輳する,また海潮流の激しい中、浅い場所を航行することもある小型船の船員には、高度な技量が求められよう。

このようにみれば、オーナーを束ねるオペレーターの責任は重く、また荷主の責任も重いと言えよう。

参考文献

[1]日本内航海運組合総連合会(1982)『内航海運』

[2]奥島美夏(2005)「日本漁船で働くインドネシア人」『現文研』第81号,pp.59-91.

[3]日本内航海運組合総連合会(2005)『新規物流に関する研究』

[4]河内山典隆(2006)『その時、船員はどうする』文芸社

[5]森隆行(2006)「規制緩和で活性化を目指す内航海運」『LOGI-BIZ』9月号,pp.72-75.

[6]日本海難防止協会(2007)『海と安全(特集 内航海運の船員問題を考える)』No.534

[7]労働政策研究・研修機構(2007)『若年者の離職理由と職場定着に関する調査』

[8]国土交通省(2008)『内航海運グループ化のしおり』

[9]日本海事センター(2010)『内航船舶管理の効率化及び安全性の向上に関する調査研究報告』

[10]長谷知治(2010)「環境にやさしい交通の担い手としての内航海運・フェリーに係る規制の在り方について」『海事交通研究』第59集,pp.35-48.

[11]松尾俊彦(2012)「内航船における外国人船員の導入に関する問題点の整理」『内航海運研究』第1号,pp.21-30

[12]李志明(2012)「韓国の内航海運における外国人船員の雇用制度」『内航海運研究』第1号,pp.31-40

[13]森隆行(2012)「内航海運における船員問題の所在とその解決策についての考察」『内航海運研究』第1号,pp.41-50

[14]羽原敬二(2012)「内航グループ化の魅力とそのゆくえ」『海運』3月号,pp.18-21

[15]日本内航海運組合総連合会(2012)『内航海運の活動』

[16]海技教育財団(2012)『平成23年度 内航船員の雇用動向及び船員教育内容に関するニーズ調査報告』

[17]藏本由紀夫(2012)「内航海運における船員の後継者対策」『海と安全』No.554 ,pp.46-50

[18]中国地方海運組合連合会・日本船舶管理者協会『日本人船員確保・育成に関する学術機関との共同調査研究会 研究調査結果報告書』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加