200708 我が国内航船員の現状と確保・育成への課題

喜多野和明
我が国内航船員の現状と確保・育成への課題
海と安全534,pp.56-61,2007.8.

はじめに

わが国の船員数は、昭和49年の27.8万人 をピークとして以来、減少が続き、平成18 年10月には約7.7万人にまで減少していま す。この間の約30年で3分の1を下回る水 準まで減少したことになります。 「四面を海に囲まれたわが国においては、 貿易量の99%、国内貨物輸送量の38%を海 運が担っており、海運は国民の生活、経済 を支える上で大きな役割を果たしている。 わが国の社会・経済にとって欠くことのできない海運は、船舶の運航に従事する船員 及び陸上でこれを管理・支援する海技者に より支えられており、海運の安定確保の観 点からは、人的基盤(ヒューマンインフラ) である船員(海技者)の確保・育成は、「海洋国家」であるわが国における極めて重要な課題である。」
これは今年6月に取りまとめられた「交通政策審議会海事分科会ヒューマンインフラ部会」の中間報告(以下「中間報告」という。)の冒頭の言葉です。 内航海運業に従事する船員については、 現在の需給はおおむね均衡しているものの、 その船員数は漸減傾向にあり、高齢化が著しく進行していることなどから、船員の確 保・育成は喫緊の課題となっています。

内航船員の現状

わが国の船員数のピークは昭和49年です が、内航船員数は、昭和50年が7.5万人と ピークで、現在(18年10月)の全船員数を やや下回る程度の船員が在職していたこととなります。ちなみに当時の部門別の船員 数は、外航船員数は5.7万人、漁船船員数 が12.9万人でした。 現在のフェリーなどを含む内航船員数は 約3万人ですから、おおよそ30年前のほぼ 40%の水準まで大幅に減少したこととなり ます。この減少の原因としては、わが国の景気動向の影響もあると考えられますが、 内航船舶の大型化による運航効率の向上と 運航技術の進歩などにより、船舶の隻数、 1隻当たりの乗組み員数が減少したことなどによるものと分析されています。
最近の内航海運の船舶数などの状況を見てみると、平成19年3月末現在で6,056隻、 3,607千総トンとなっており、平成元年と比較すると1隻あたりの平均総トン数は約 5割増しとなり、隻数ベースでは約5割減少しています。また、1隻あたりの乗組員数はこの10年の間にも7人弱から6人強へ と減少しています。

内航船員の需給状況

中間報告においては、現在の内航の船員 需給はおおむね均衡しているものの、船員 数は漸減傾向にあり、高齢化が著しく進行していると分析されています。 平成18年の船員の労働需給は、船員全体では、有効求人数が増加し、一方、有効求 職者数は減少したことにより、有効求人倍 率は0.63倍と前年より0.18ポイントの増となっています。 内航船員の有効求人倍率について見てみると、有効求人数の増加、有効求職者の減少という傾向は同様であり、平成17年には 0.6倍と前年より0.4ポイント上昇しました。 平成18年度の有効求人倍率は、有効求人 数が10,108人と前年より2,125人、26.6% 増加したのに対し、有効求職者数は11,947 人と前年より1,439人、10.8%減となったことから、有効求人倍率は0.85倍と前年よ り0.25ポイントさらに上昇しています。 地域的には、中国運輸局管内の有効求人 倍率が平成17年1月には2.44倍となり、 平成18年12月には2.67倍と2.0倍を大きく上回った状況が続いています、また、四国運輸局管内でも18年12月に1.78倍となるなど、これらの地域では内航船員の不足の 状況が顕在化しています。

内航船員数の将来見通し

平成の初めにも内航船員の有効求人倍率が1.0倍前後となった時期がありますが、 この当時の内航船員の採用状況を見てみると、外航や漁業などの他部門からの入職率が約30%と、それぞれの部門の固有の理由により離職を余儀なくされた船員が相当数 内航に移動したという状況がありましたが、 最近の他部門からの内航海運への入職率は 5%~8%程度であること、他部門の船員数も相当大幅に減少していることを踏まえると、今後は、船員としての経験を有する即戦力となる他部門からの船員の参入は望めない状況にあります。また、内航船員の年齢構成は45歳以上の占める割合が64%に上るなど、高齢化が著しく進んでいることからも、近い将来、船員不足が深刻化することが強く懸念される状況となっています。 内航海運業がわが国の経済や国民生活を支える上で極めて重要な役割を果たしてい ることは先にも述べたとおりですが、国内 海上旅客輸送についても、国内航空旅客輸送を上回る年間延べ1億人が利用していますし、離島航路は地域経済を支える重要な 足として、いわば公共交通機関としてなく てはならないものです。
これら内航海運・旅客輸送の担い手である内航船員の将来見通しとしては、高齢化が進んでいる年齢構成や現状レベルの採用、 退職の状況ならびに内航船舶のこれまでの運航の効率化が今後も継続することを前提として、5年後には約1,900人、10年後には約4,500人程度の船員不足が生じる可能性があると、中間報告の中で試算されています。高度な技術者である船員の育成には長い期間がかかること、少子高齢化が進み、 今後生産労働人口が減少する中で、内航船員の確保・育成に向けた取り組みは喫緊の課題となっています。

内航船員の 確保・育成への取り組み

船員の確保・育成を促進するためには、 海の魅力や船員の職業的魅力・重要性が広く理解されることが必要ですが、次世代を担う若者が安心して船員という職業を選択できるような環境が形成されていないと中間報告は言及しています。 将来にわたって安定的に内航船員の確保・育成を図るという観点からは、
①集め
②育て
③キャリアアップを図り、
④陸上海技者への転進を支援する
という4つの施策を柱として推進することが適切であり、今後は、この4つの柱に 沿った施策・取り組みが必要であるとし、 それぞれについて、その取り組むべき具体 的な施策について記述しています。 主なものとしては、少子高齢化の中で、 船員志望者の裾野拡大を図るため、航海訓 練所の練習帆船を活用することなどにより、 青少年の海に関する興味を喚起し、感動と ロマンを与えることを目的とした活動に、 これまで以上に積極的に取り組むことが求 められています。また、内航海運業界はそ の大半を中小零細企業が占めているなど、 若者が安心して就業できる環境とはなっていないとして、内航海運事業者のグループ 化の活用などにより、経営基盤の安定を図 り、職業としての魅力の向上に努めること が必要であるとしています。その他にも、 退職自衛官など海上経験を有する者を積極 的に海運業に迎え入れることが必要であり、 そのためこれらの者の技術を評価すること などによる海技資格制度の柔軟化や、女子 船員の運航要員としての活用、水産高校卒 業生を含む船員教育機関卒業生の海上就職 率の向上にも取り組むことが重要であると提言しています。

船員教育のあり方

船員教育のあり方については、「船員教育のあり方に関する検討会」の検討結果が 同検討会報告として、去る3月26日に取りまとめられています。 この報告は、船舶に関する技術革新、国際的な安全基準の強化、保安意識の高まりなどから、船員に求められる役割が著しく 変化してきていること、外航における日本人船員の減少、内航における船員の高齢化、 後継者の確保難が深刻化・顕在化してきていることなど、昨今の船員を取り巻く環境の変化を踏まえ、また、関係業界及び関係 団体からの様々なニーズに対して船員教育 機関として対処すべき方向を示す必要があ ることから、昨年4月(平成18年4月)に、 外・内航船社、船員教育機関、関係団体、学識経験者などをメンバーとする委員会が 設けられ、以後1年を掛けて、全体会議を 4回、内航部会、外航部会をそれぞれ3回 開催し慎重な議論が重ねられ、取りまとめ られたものです。 報告は、今後の船員教育のあり方について、基本的方向性と具体的方策が示されていますが、特に内航海運に関係するものとしては次の通りです。
①教育訓練の複線化の推進
内航業界における船員不足、とりわけ、 航海当直基準適格者の不足への対応として、 一般高等学校などの卒業生を対象とする6 級海技士(航海)資格を取得するための新 たな養成課程を平成19年度初期に創設。
②内航用小型練習船の導入
即戦力となる新人船員の養成を目的として、内航船の主力に類似した船型の船舶に おける実習を行い、実習効果を高めるため、 早期に内航用小型練習船を導入し、内航教 育に適した教育体制とすることが必要。
③海に関する関心を高め、船員志望者を 増加させるための対策
練習帆船をはじめとする練習船の活用等 を通じて、国民、特に青少年の海や船に対 する関心を高め、船員を志す青少年を増加 させる努力が必要。 今後は、この報告に基づいて日本人船員 の確保・育成に取り組んで行くこととなり ますが、安定的な海上交通・輸送の維持に は、何よりもまず安全運航が不可欠の条件 となることから、船員教育機関においては、 船舶運航に係る基本的な技能に加え、高度 化される船舶の技術革新にも対応した運航 技術を十分に修得した適正規模の優秀な船 舶職員を効率的かつ効果的に養成・供給し、 内航事業者がこれら船員を継続的に確保し ていくことが重要と考えています。

まとめ

内航船員の現状、将来の見通しを踏まえると、その確保・育成は喫緊の課題です。 高度な専門技術者である船員の育成は、一 朝一夕には、なし得ない問題ですし、厳しい経営環境にある内航海運事業者などにおいては、自社において若年者を雇用し、教育・訓練することが困難な状況にあるとも言われていますが、国、内航事業者及び関連団体などが協力・連携して、早期に対応することが望まれます。 国としては、船員の雇用の安定と労働保護を図るとともに海上労働力の円滑な移動を可能とする船員派遣事業制度を平成17年4月に導入しました。平成19年4月末現在 144の内航海運事業者等が船員派遣事業者としての許可を受けています。また、求人者と求職者を一同に集め、就職面接を集中的・効果的に行うことを目的として、船員 就業フェアを平成17年度から地方運輸局の 主催により各地で開催(平成19年の6月まで既に9回開催)しています。 さらに、平成18年度からは、船員となる 者の裾野を拡大することが必要であるとの観点から、一般(陸上)の若年未就業者を対象に、船員という職業の魅力や内航海運 業をPR する船員就職セミナーを、陸上のジョブカフェなどと連携して各地で開催しているところです。 今後は、中間報告の提言に沿い、これらの施策について、関係者のニーズなども踏まえて見直しを行うとともに、その着実な実施に努めることとしていますが、一方、 船員の確保は、第一義的には企業として対 処・具現化すべき問題でもあります。 日本労働研究機構が中学生・高校生を対 象として実施した、職業に関する意識調査 (中学生・高校生の職業認知(2001))に よりますと、船員という職業について、中・ 高校生の8~9割が職業としてのイメージ をもっています。職業としてやってみたいかとの問いに対しては、中学生男子では 10.2%がやってみたいと回答し、調査対象 424職種中94位にランクされていますが、 高校生になると、やってみたい率は4.3% と5.9ポイントも低下しています。順位も236位まで下げるという調査結果があります。中学生までは、海または船員という職業に対してあこがれや夢のようなものをもっているが、高校生になると、職業として 現実的な選択をするようになるということのようです。 また、船員教育機関の生徒・学生を対象 にしたアンケート調査(平成19年2月海事 局調べ)によりますと、海技教育機構の専 修科・本科の生徒の8割以上が海上就職を希望していますが、どのような会社を希望するかとの問いに対しては、給与面、休暇面の条件が良いことを多くの者があげてい ます。最近の内航船員の給与(毎月きまって支給する給与をいい、内航船員については航海日当を含む。)は、陸上の規模500人 以上の全産業のものとほぼ同じであると言われています。 この船員教育機関の生徒・学生の希望するところは、平成14年に内航海運組合総連 合会が実施した、若年船員の内航海運界に 対する改善要望の調査結果とも一致しています。これらのことから、若者が安心して 船員という職業を選択できるためには、内航海運事業者などの自主的な努力により、 経営基盤の確立や安定化、船員の労働環境などの改善に取り組むことが望まれるとこ ろです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加