200301 次世代内航海運ビジョンと参入規制の緩和(澤 喜司郎)

山口経済学雑誌51(1),79-104,2003-01-31,澤 喜司郎,山口大学

1.1.1   旧内航海運業法の性質(82頁)

このように、「内航海運業法」が内航海運業を内航運送業と内航船舶貸渡業に明確に区分しているのは、同法が制定された当時の内航海運業界の事情を反映したもので、それは「慢性的な船腹過剰と企業の脆弱性を克服し、内航海運の合理化、近代化を図るため、3年計画による近代的経済船の整備と過剰船腹の処理および内航海運企業の適正規模化を行う」ことを骨子とする内航海運対策要綱の決定(1966年5月)に基づいて同年に内航海運業法の一部改正が行われたからである。同改正によって、内航海運業は登録制から許可制に改められ、内航運送業については一定の支配船腹量の保有を要するという許可基準が定められた、さらに「営業所、代理店の形態、保有隻数、自己所有船の比率、荷主の積荷保証(貸渡行については、用船契約)の有無、資金調達能力等について厳重に審査される」ことになったのである。

1.1.2   ピラミッド構造と運賃及び傭船料(85頁)

問題は、内航海運市場におけるピラミッド型の市場構造に対する評価が不十分であるということである。ピラミッド型の市場構造は「内航海運市場の閉鎖性を高め、新規参入、新規拡大等事業意欲の旺盛な事業者の多様な事業展開による市場の活性化や競争の促進の障害となっている面がある」のは事実であるが、青山や馬越が指摘していたように、船腹調整事業の残滓である参入規制を規定する現行の「内航海運業法」を法的根拠としたオペレーターとオーナーの事業区分に基づくピラミッド型の市場構造(荷主→オペレーター→オーナー)はオペレーターへのオーナーの従属を不可避にし、そこでは荷主の支払う運賃とオーナーが受け取る運賃との間に大きな乖離を生じさせ、それがマーケトの不透明さの要因となっているという問題もある。また、内航海運の輸送特性により「船腹の需要ギャップが生じやすく、運賃・用船料は市場構造の下ではオペレーターによってオーナーは需要変動の「緩和剤」的役割を担わされることになり、内航海運市場における運賃の低下がそれ以上に用船料を低落させることはあっても、運賃の上昇以上に用船料が上昇することはなく、運賃が上昇しても用船料が上昇しないことさえあるという問題もある。

1.1.3   「運送約款」「適正取引ガイドライン」によってはピラミッド構造を解消できない(93頁)

運送約款に対して「内航海運における適切な契約関係の構築及びその透明性の向上は公正かつ透明性の高い市場の構成に資するものではあるが、競争的な市場環境の整備に資するものではなく、また特定荷主への系列化や多重的な取引関係等荷主企業を頂点とするピラミッド型の市場構造が事業意欲のある事業者の積極的な参入等の障害となっているとしているにもかかわらず、これらは参入障壁となっているピラミッド型の市場構造を解消するものではないということである。」

適正取引ガイドラインに対して「公正な取引ルールの整備は公正かつ透明性の高い市場の構築に資するものではあるが、上述のように、これも競争的な市場環境の整備に資するものではなく、また特定荷主への系列化や多重的な取引関係等荷主企業を頂点とするピラミッド型の市場構造が参入障壁となっているが、それを解消するものではないということである。」

1.1.4   暫定措置事業と許可制から登録制への変更(98頁)

問題は、内航海運事業者の意見陳述にみられたように、許可制から登録制への変更と暫定措置事業との関係である。問題を明確にするために、内航海運事業者の意見陳述の内容を整理すると、それは「登録制となると非組合員化が進み、暫定措置事業の推進に支障をきたす恐れがある」ということである。つまり、内航海運事業者の懸念は暫定措置事業が内航総連の事業であるため、許可制から登録制への変更によって新規参入者が海運組合に加入しなければ船舶を建造しても建造納付金を納付する必要はなく、それによって内航総連は交付金の原資となる建造納付金を得ることができなくなり、暫定措置事業の実施に支障をきたすことになるというものである。ただし、現行の「内航海運組合法」第5条第2号は「組合員が任意に加入し、又は脱退することができること」とされ、また同法が船腹調整事業を実現するために制定・施行されたことから、許可制から登録制への変更如何に関わらず、海運組合に加入しなければ新規参入者は船舶を新造しても建造納付金を納付する必要はないと解釈される。

さらに、現行法の解釈とは別に、意見陳述した内航海運事業者が懸念しているように、船腹調整事業が解消された現在において許可制から登録制への変更によて海運組合への加入が任意となるならば、非組合員は建造納付金を納付しなくてもよいということになり、もしそうであれば、問題は一層深刻なものとなる。つまり、いずれ撤退しようと考えている既存の組合員は交付金をもらうために海運組合を脱退しようと考えている既存の組合員は交付金をもらうために海運組合を脱退することはないが、船舶をリプレースしようと考えている組合員は交付金をもらって脱退し、新規に船舶を建造すれば納付金の負担を免れることになる。このような事態になれば、暫定措置事業は間違いなく破綻することになる。

もし、国土交通省が船腹調整事業を解消したため、その意味において海運組合への加入は任意であり、非組合員は暫定措置事業とは無関係であると考えているのであれば、暫定措置事業による新規参入者からの建造納付金の徴収が新規参入の障壁となり競争を阻害しているという批判は的外れのものとなる。

1.1.5   内航海運の市場構造と参入規制緩和における問題(103頁)

第1に、内航海運の市場構造と参入規制緩和における問題は、ビジョンは内航海運市場におけるピラミッド型の市場構造が内航海運市場の閉鎖性を高め、新規参入、規模拡大等事業者の多様な事業展開による市場の活性化や競争の促進の障害となっているため、公正かつ透明性の高い市場の構築を図るための市場機能の整備が必要であるとし、具体的な内航海運行政の課題として運送約款の作成、ガイドライン等による適正な取引環境の整備等をあげているが、これらは公正かつ透明性の高い取引関係を実現するかもしれないが、内航海運市場の閉鎖性や参入障壁を解消するものではないということである。つまり、「公正かつ透明性の高い市場の構築を図るための市場機能の整備が必要である」のではなく、「市場原理と自己責任の考え方の下、健全かつ自由な事業活動を推進する」ためには「公正かつ透明性の高い市場の構築」が必要とされるのである。「ピラミッド型の市場構造は、安定・安全輸送の確保、オペレーターの経営安定等に寄与している面がある」とされるが、参入規制緩和という点からは元請制の規制によるピラミッド型の市場構造の解体が必要である。

1.1.6   暫定措置事業と参入規制緩和における問題(103頁)

第2に、暫定措置事業と参入規制緩和における問題は、許可制から登録制への変更によって新規参入者が海運組合に加入しなければ船舶を新造しても建造納付金を納付する必要はなく、また現行法でも海運組合に加入しなければ船舶を新造しても建造納付金を納付する必要はなく、また現行法でも海運組合に加入しなければ新規参入者は船舶を新造しても建造納付金を納付する必要はないと解釈され、非組合員化によって内航総連は交付金の原資となる建造納付金を得ることができなくなり、暫定措置事後湯の実施に支障をきたすことが懸念されるということである。すべての内航海運事業者に海運組合への加入を強制しようとすれば憲法に違反する可能性があるため、海運組合への加入が任意であり、内航総連が主体となって暫定措置事業を行っていくのであれば、暫定措置事業は間違いなく破綻することになる。このように、ビジョンにおいて不整合が生じたのは暫定措置事業に係る検討については懇談会の下に暫定措置事業部会を設けて検討を一任したことによるものである。

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